樋口さん、こんな良い時間に何放送枠貰っちゃってるんですか!
ガグビー
私が樋口楓と出会ったのは2021年の1月1日、文化放送のインターネットラジオ局「超!A&G+」で放送が始まった、「A&G ARTIST ZONE 樋口楓のTHE CATCH」であった。9年もの間続いたA&Gを代表する帯番組のパーソナリティとして、彼女は3年3か月、実に153回の放送を積み重ね、2024年3月29日に帯の閉幕と共に番組は最終回を迎えた。

初めてレギュラーパーソナリティを務めたラジオ番組で、3年3か月も番組を継続させた実績は偉大であり、THE CATCH終了の翌月より、今度は文化放送の地上波で、それも日曜日の20:30というゴールデンタイムに、新たなレギュラー番組が始まった。その名は「樋口楓のこんな良い時間に何してんねん!」。日曜の夜にラジオを聴きに来るリスナーを煽った番組名であるが、こちらこそ「樋口さん、こんな良い時間に何放送枠貰っちゃってるんですか!」という感じである。

そもそも、彼女のラジオパーソナリティデビューの場となった「THE CATCH」は、月曜日から金曜日までアニメ・アイドル業界に近いレコード会社が5社がスポンサーとなり、各社の売り出したい若手・新人アーティストをパーソナリティとして起用する、新人育成の場という色合いの濃い番組であった。彼女もまた例外ではなく、ランティスのメジャーデビュー1年目の新人アーティストとしての登板であり、アーティストとしての知名度アップと、メディア露出経験を積むことが、パーソナリティとしての活動に期待されていたはずである。しかし彼女は、おそらく当初期待されていたよりも、遥かに多くの経験値とスキルの獲得を、3年3か月の間に果たしている。歴代多くのTHE CATCHパーソナリティを私は見てきたが、番組開始当初と最終回の間での成長度合いは、史上ナンバーワンと思っている。丁度今年度は「THE CATCH」から「なにらじ」へと橋渡しのあったタイミングであるので、今回は「ラジオパーソナリティ:樋口楓」の凄いと思う所を語りたい。


まずはラジオパーソナリティに一番大事なスキルは、自分の話を他人に伝えるスキルであるが、これは文句なしの天下一品であろう。そもそもがVTuber活動として生計を立てているので当たり前の話だと思われるかもしれないが、配信での時間無制限の状況でも、生放送番組の尺が絶対の状況でも、TPOに応じたトークを展開して、聴く者を退屈させない。これは簡単に出来る事ではない。状況に応じた的確なボリュームの話題の選択が出来ることは、圧倒的な才能であると感じる。また長らくレギュラー番組を持っていると、話すネタが無くなってくるというのは、大御所ラジオパーソナリティでもよく口にする悩みである。彼女は番組だけでなく、日々の配信でも沢山の話をしているため、一層トークのネタ切れに陥りそうであるが、そのような状況に陥っているのに一度たりとも遭遇したことが無い。彼女の身を立てられるだけの話術、天賦の才と呼んで差し支えないだろう。

次に他人の話を聴くスキルが凄い。日々の配信で多くのコメントを拾っている上に、番組を通じて多くのリスナーからメールとして投げられるエピソードトークを毎週受け止めてきた経験は、伊達じゃない。相手がその話から結局どの部分を聴いて欲しいのか、或いはどのような話を引き出したいのかを、的確に嗅ぎ分ける鋭い嗅覚を持っている。この嗅覚が、生放送番組であった「THE CATCH」の特徴である、頻繁に差し込まれるリアクションメールと、すこぶる相性が良かった。瞬時に欲しいトークを返してくれるこの傾聴力に魅了されて、私のようなラジオを入口とした勢力は、続々とメロメロな楓組となっていったのである。

ここまでは"普通の"ラジオパーソナリティとして獲得が期待できるスキルであるが、それ以上に彼女の凄いのが、広報力である。前述の通り、「THE CATCH」はレコード会社をメインスポンサーとして持つ番組であることから、しばし各社のアーティストがリリース情報の告知にゲスト出演することがあった。「樋口楓のTHE CATCH」も例外ではなく、ランティスのアーティストをゲストに迎えた放送回が、時折あった。彼女のパーソナリティとしての実力は、ゲスト回にこそ発揮されていたように感じる。初対面となるアーティストに対しては下調べを欠かさない。あらかじめ交流のあるアーティストとは、これまで積み重ねてきた交流を土台にしてトークを展開するので、彼女とゲストにしかできないトークが生まれる。そしてこれは偶然なのかもしれないが、ランティスは「ラブライブ!」シリーズの楽曲制作にμ'sの頃からずっと参加しているレーベルであり、古くからの「ラブライブ!」シリーズのファンである彼女は、歴の長い1人のファンとしての目線を兼ね備えながら、「ラブライブ!」シリーズからのゲスト回に対応することが出来る。このように彼女は、あらゆる角度からランティス所属のアーティストの魅力を伝えることができる存在である。このスキルは、「THE CATCH」開始後に後天的に獲得されたスキルである事に疑いがないが、彼女の持つ圧倒的な武器となっていると断言できる。業界には司会業を生業をしており、自身の番組に毎週のようにゲストを迎えては、各レコード会社の告知を代行している著名なプロが、何人か存在する。しかし、自社のアーティストの広報がしっかり出来る人材を自前で抱えているレコード会社となると、ランティスだけでないだろうか。そして彼女のこのスキルを誰よりも評価しているのが、ランティスであろう。

「THE CATCH」の終了後、引き続き「なにらじ」もランティスによるスポンサード番組となったが、こちらの番組にもランティス所属アーティストがゲスト出演する機会が多々ある。しかし「THE CATCH」時代と大きく環境は変化している。超!A&G+は、専用アプリを使用したインターネットラジオ局である為、聴取者層はアニメ業界に関心の強い層に限定される。そのため、「THE CATCH」時代はリスナーの予備知識が豊富であることが想定され、自社アーティストの魅力を訴求するハードルは低かった。反面自身の知名度の拡大が期待できる範囲も限定的であり、所謂オタクからの支持を集めることが目標であった。他方「なにらじ」は文化放送地上波での放送となるため、聴取者層は老若男女不問となり、大きく拡大された。「樋口楓」という名前すら知らない人が、彼女のトークを耳にする可能性が一気に高まった。実際私もVTuberに関心を持たない友人から、家族と出掛けた帰りの車の車内や、職場の事務所にて、偶然流されていた文化放送を経由して、「樋口楓って人、お前がよくXで言ってる人やろ?たまたまラジオか聴いたわ」と言われたことが何度かあり、地上波放送の影響力を思い知っている。このような非常に影響力のある場において、ソロ回でもゲスト回でも通用するだけのトーク力を有していると認められ、ランティスのアーティストを広報する役目を託されたのが、樋口楓なのだ。

レーベルから個人のスキルアップを期待されラジオの世界に送り込まれたルーキーは、気が付けばレーベルを代表するパーソナリティとしての地位を確立するに至った。VTuberとしてチャンネル登録者数100万人、アーティストとしてソロで全国ツアーの完走、ラジオパーソナリティとして地上波生放送レギュラー獲得。どれか1つだけでも達成すればその世界で大成功と言われる実績を、全て1人で総ナメしてしまう可能性を秘めており、そして実現可能性が高いと思わせてくれるのが、今の樋口楓である。かつて高校卒業後直接渡米してメジャーリーグへの挑戦を表明していた大谷翔平を、ドラフト会議で強行指名した北海道日本ハムファイターズは、入団交渉の場で当時の栗山英樹監督が、投手と野手の両方で実績を残したプロ野球選手がいないならばパイオニアとなれば良いというプレゼンテーションを行い、「誰も歩いたことのない道を歩いて欲しい。」と口説き落とした。その後の大谷翔平の活躍は周知の事実であり、他の誰も前例とならない、唯一無二の伝説を描き続けている。VTuberの枠に留まらない、前例のない「樋口楓」としてのキャリアが描き続けられることを、1人のリスナーとして願ってやまない。7年でこれだけの実績が積み重ねられたのである。10周年を迎えた時の樋口楓が、どれほど大きな存在となっているのか。私は想像もつかないような驚きに溢れた未来が広がっていることが、楽しみで仕方ない。               
                        
モドル