7周年お祝い小説
匿名希望
――魔王城、城門前――

 やぁ、みなさんこんにちはこんばんは! 
私は魔王城宛てに届く荷物が安全かどうかチェックして、魔王城に転送するお仕事をしてる一般魔族! あ、チェックといっても検閲まではしないよ!


「しまった。仕事を物語のように楽しむ手段として脳内で遊んでいるつもりが、全部口に出てた。恥ずかしい」
「ちょっとー独り言してないで早く仕事に戻って。私たちが魔王城に入るものをチェックできる最後の砦なんだから」
「はぁい」

 そう、我々の仕事……それは魔王城に届けられた物が安全なものであるのか確認すること。
届けられる、といっても食材や武器・魔法道具とかの規模が大きいものはまた別の専門部署の管轄ね。
郵便物、特に封筒や小包を開けた者に対して呪いやトラップが仕掛けられてないか確認すること。大丈夫なものは各部署に転送し、危険物は速やかに処分することが主な業務だ。
 いやまぁ、毒が塗ってあるとか封蝋に呪いが込められてるとか、あからさまなものは配送事業所内の簡易探知魔法で取り除かれているけれど。
そのうえ基本的に無害なものが大多数で、簡単にチェックをスルー出来ている。
その大多数に入らないものというのは、探知魔法をすり抜けるような隠ぺい魔法などのもっと高度な魔法や呪いがかけられたもの。それ以外にも強い魔力を持つ者が触れると爆発したり、文章を認識してしまうことで発動する特殊な術式が込められたものだ。
 そのため、開封して中は必ず確認しているが、内容は流し読み程度で済ませることが多い。
文章を読むというより届け物自体に周囲へ危害を及ぼす可能性はないか、術式や魔力が仕掛けられた痕跡がないか読み取るという感じだろうか。
中身を見られるなんて! と思われるかもしれないけど、王城の、ひいてはこの国の安全のために中を確認することは国内外に周知している。
 それに今はあぶり出しがトレンドだ。
特に情報規制がないこの国では、チェック時に惚気を見られたくないラブレターや夢追い人のポエムなど様々な文章が書かれている、らしい。
ただの安全なあぶり出し文章であることが分かれば、それをあえて見ようというのは野暮だと基本的には深追いしていない。
 つまり、中を確認されることが分かったうえでそれをすり抜けて、魔王城に入り込み何らかの悪さをするぞ! みたいなのが送られてくるってわけ。犯人は魔族を逆恨みしている者や勇者気取りな不審者が多いかな。
たまに王城指定の配送業者を装い、直接持ち込んでくる不審者……というか現行犯がいたっけ。でもそういうのはすぐに無力化した後、拘束して衛兵さんに引き渡している。
ちなみにその後は魔王様直々の尋問研修を受けた優秀な幹部たちが事情聴取するとかなんとか。
 だから魔法や呪いに特化していて、かつ現場での急な対応ができる者がここには集められている。
まぁつまり文書の管理も魔法・特殊術式・呪いの対処や無力化に特化したエキスパートということですよ、えへん。
 城内の薬開発部門や参謀直下の軍団の選考に落ちて、第3希望の部署ではあるんだけど……。これはこれでやりがいのある仕事なんだからねっ。
 さぁ、今日も今日とて魔王城正門前に設置された郵便物等検問所のお仕事がんばるぞ~。


「え~これは総務宛て、これは軍の入団志願書だから……どこだっけ?」
 山のように作業机に積もった要安全確認物。雪崩にならないのが不思議だね。
といってもさっき言った通り安全なものがほとんどなので、特殊な装置や魔法、目視で安全が確認できたものがどんどん仕分けされていく。
 あ、これは参謀直下組織への請求書類。
えぇ、なんかゲームの詰め合わせも入ってる。いやオッケーだから通すけどさぁ。
 次は……お手紙が束になったやつだな。こういうちまちました複数人宛てって分けるのがめんど、ちょっと手間なんだよね。いちいち承認印を押さないといけないし。
どれどれ、幹部が関わる各部署に宛てたものか。しかし、同じ送り主なのにそれぞれ違う筆跡でちょっとあやしい。
「そのうえ全部ひらがなか~。かんぶのみなさまへ――ってこれ縦読みで呪いが込められてるじゃん危ないなぁ! 通報!」
 これは特定の文字列を形成することで術式が成立するので、縦読みの一部分を塗りつぶして無力化する。あとの詳しい調査などは処分担当に引き継いでいる。
 この場合はまだ簡単な部類だ。
高度な魔法としてとある文章の一文字の書き方を変えて呪いの術式に変換するものもあるので、小さな異変すらも見逃してはならない。
 そういえば昔、魔王軍の士気を下げる目的か言いがかりなのか、”魔王が人間界の乗り物で売店のバイトをしていた時、迷惑客をロシアンルーレットで尋問したり、音真似の音圧だけで目隠しした客のスイカを割ったことがある”という文書が送られてきたことがある。部署の全員がなんかいろいろ情報が混ざってない!? と総ツッコミした時があったなぁ。
何度も迷惑客を撃退したり、不審者を通報したことや単純な特技の情報がなんでこうなるんだろう。
 魔王様は極めて繊細な作業や長時間を要することでも、よほどの理不尽でなければ諦めずに挑み続ける方だ。
そして運に関しては少々ギャンブラーなところはあるけれど、数多の困難や試練を乗り越えて我々にずっといろんな世界や輝きを見せて下さっている。
未開の道を切り開いてみんなを引っ張って下さる、とてもとても素敵なお方なんだ。
 あ、落ち着け、仕事しごと……。
 これはただでさえ怪しい薬開発部門への薬草の届け物。
怪しい実験に使われるかもしれないけど城門を通す上では全部オッケーだから通すしかないんだよね。

”ぐふっ…魔王様かわいいね……ニチャァ……” ”魔王様が引っこ抜いたお野菜や削った宝石売ってほしいナ……”
 突然のおじさんボイスに隣の机を見る。
頭を抱えた同僚の周りを封筒から煙のように出ている文字列が浮遊していた。
「不審すぎるいたずら投書だ」
「あ~くっそ。開けたら文字と一緒に仕込まれた音声が流れる魔法だ」
 このように、危害のおそれがあるもの以外にも明らかに不審なものが送られてくることがある。
これは危険物ではないけれど、王城の方々の精神衛生を害さないように手続きを取った上でこちらで処分することにしている。
「やっぱりいるんだ、魔王様の過激派? ってやつ。そりゃあどっかの勇者がまだやってくるくらい強いもんね」
「そういう意味の過激じゃない気もするけど。というか取引の依頼状がここまで不審になることある?」
「野菜や宝石は事実なんだ……。魔王様のファンはよく知ってるなぁ」
「いやいやいや、昔からいれば誰でも知ってることだから……たぶん」
 数々の戦績を残す魔王様や幹部宛てに外交目的以外でも書状が届くことがある。
自分からは仕掛けず、攻め込んできた敵に対して自ら戦場に立って撃退する魔王様への礼状やファンレターだ。
また、それを装った敵意丸出しのトラップや呪い付き文書なども国内外から毎日一通以上は届いている。
 圧倒的な力とカリスマ性を有し自国のために戦う魔王様だ。惹かれたり、憧れる者が多いのだろう。
私だってそうだ。
まぁ先ほど漏れ出たように魔王として以外の活躍も見ているので、単純な魔族としての感情には収まらないのだけれど。
 次はクソデカい音楽が鳴る魔法がかかったお祝いのメッセージカードをチェックする。
 お祝いといえばもうじき……その魔王とは別の活動が7周年になるんだっけ。
めでたいことだなぁと感慨深くなる。

 あの方の魔王としてではない、本来の彼女の性質を感じるような他者を惹きつけてやまない活動者としての一面。
それを人間の世界で持っていることを、私は知っている。
 きっかけはインターネットという魔法でうっかりミスをしてしまった時だ。
偶然とある映像記憶を見つけてしまったことで、魔王様のそっくりさん!? と記録を辿ったことにある。
しかし、あれは人間の姿だとしても、見紛うはずがない。魔王様だった。
 魔王様は何にだってなれるんだ。
きっとまだ見ぬお姿もたくさんあって、魔王とはまた別に誰かを強く惹きつける才能を発揮しているんだろうと思う。
だろう、というのは人間界と魔界の環境が違いすぎるのと魔法越しということで、途切れ途切れにしか記録を見れないからだ。
 それでも、彼女の輝きはこれでもかと伝わり、知れば知るほど好きになっている。
魔王様、もとい彼女の諦めずに進み続ける力というのは、魔族からしてもとても魅力的だった。
 その他にシィデェーとかライブという言葉を聞くが、聞こえてくる単語から判断するに、人間界の魔王様は魔力や魔法の強さではなく、歌の力が特に強く印象的らしい。
存在そのものだけでも、十分心惹かれるというのに。いいな、私も聞いてみたいと何度思ったことか。
……ともかく初めてそれを見つけてしまってから。断片的にしか観測できなくとも、ずっと一人のファンとして応援している。
 なお公私混同して魔王様にそのことについて尋ねたことはない。
おそらく魔力の痕跡で別の世界の姿を見ている魔族がいることは知っているのだろう。たまに魔力をあえてちらつかせているのが過去の映像記憶にあったりする。
魔王としてもまた別の姿としても、お慕いしている方に覗いているのがバレるのは恥ずかしい。……という気持ちもあったりして、魔王様への熱烈なファンレターを見かける時、自分もこうして出せたらなぁと羨ましくなる時がある。

 さて、次はまた手紙か……む、これは。
「あぁ、それは魔王様と一緒に別の国の魔王を倒したおじいさんからね、長く書いているでしょう。魔王様のご活躍が向こうにも伝わっているのか、何度もお礼の手紙というかほぼファンレターが届くんだ」
「”魔法石の煌めきを集めたようなお姿、精霊のごとき歌声”……これって、この人もまさか、知って?」
 これは、どう見たって魔王様のもう一つの姿を知らないと書けないような文章が続いている。
 うわぁ、こういうの見ると熱意が伝染してこっちも書きたくなってくるんだよな。
う、書かなくて後悔するなんてことはしたくない。けれど魔王様の元に届くってことは……いろいろ考えて踏み出せない。
「いい感じの便箋とかわかんないよ……」
「やっぱファンじゃない。魔王様宛の手紙は国内外から来てるんだから、豪華なのなんてたくさんよ。何に突っかかってぐだぐだになってるのかは知らないけど、魔族という立場で考えるからでしょ。純粋なファンとしてでいいじゃない。見てくれよりも気持ちが大事ってこの仕事してて分かってるんじゃないの?」
「うぅ、そうだけど~。……よし! 覚悟を決める、今日帰ったら書く。だから今日のお仕事がんばるよ。どんな魔法もトラップもどんとこい!」
「いつもがんばってほしいけどな」


―――― 

 使うのはリボンのワンポイントがある、シンプルで真っ白な便箋と封筒。
インクはオレンジ。
力を込めすぎて匂いや魔力がついてしまわないよう慎重に。
 お祝いの文章を綴っていく。
めちゃくちゃ好きですとか、活動を追ってくことが楽しいってこととか。
7周年を一緒にお祝いできることが嬉しいということも書いて、それからそれから……。
応援してます!! という気持ちをこれでもかと込めて。
 
 あ、あと宛名、宛名を忘れちゃいけない。魔王様……じゃなくって。
樋口楓さんへ――っと。                       
                        
モドル